佐賀地方裁判所 昭和42年(ヨ)139号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(一) 債権者らがその主張のような特許権者であることは当事者間に争いがない。
(二) 債務者は右特許は出願当時すでに公知公用であつた上、発明者ではない債権者今村の出願にかかるものであるから無効である旨主張する。
しかしながら一旦有効に発生した特許権に仮令特許法第一二三条所定の無効原因があつたとしても、その有無を判定して、無効原因が存在するとして特許の無効を宣言する権限は特許庁に専属し、特許庁の無効審判がなされない限り、当該特許権侵害の差止請求等を審理する司法裁判所としてはこれを有効なものとして取扱わねばならないものと解されるから、債務者の右主張はすでにこの点において失当たるを免れない。
(三) そこで債務者が業として製作していることを自認する松永式海苔採取機が本件特許の技術的範囲に属するか否かにつき判断する。
(1) 先づ「甲の方法」の特許につき検討するに、右特許請求の範囲が「海苔の付着した網ひびの長さ方向の一端から他端に向けて船を上記網ひびにくぐらせながら進行させ、該網ひびから垂下する海苔を採取することを特徴とする海苔を採取する方法」であることは当事者間に争いがなく、右特許請求範囲を文字どおりみると、他に何らの限定的な文句はないのであるから、およそ船を海苔の付着した網ひびの下にくぐらせながら網ひびの長さ方向の一端から他端に進行させて海苔を採取する方法の一切は海苔を網ひびから切断する方法の如何を問わずその権利範囲に属するかのようにみえる。
しかしながら特許の権利範囲を決定するについては特許請求範囲の文字にのみ拘泥することなく、特許の性質、目的または説明書、図面等をも参酌し、実質的に認定すべきであり、また出願当時すでに公知公用にかかる部分を含むかのような特許の権利範囲を定めるにあたつては右公知、公用部分を除外して新規な発明の趣旨を明らかにすべきものと解される。
(2) 而して<書証>に徴すれば、一般に有明海における海苔の養殖業者は海苔を採取する方法として昭和三〇年頃から船を網ひびの下にくぐらせながら船に乗つた漁師が網ひびに付着した海苔を手で摘んだり細い棒などで船の上に払い落すなどの方法がとられていたことが認められ、右認定に反する<書証>は採用できない。
(3) そこで特許公報に記載されている説明や添付図面を参照しながら本件特許の範囲を検討するに、本件発明の技術的特色が前認定のような従来の海苔採取方法が極めて原始的非能率的であることに鑑み、これを改善しようとすることにあること、本件方法の発明の実施例の一つとして回転軸の周囲に線条を張設し、右回転軸を船の進行方向に回転させながら網ひびから垂下する海苔を摘みとる装置が説明してあるところなどを総合すると、船を網ひびの下にくぐらせ、網ひびの長さ方向の一端から他端に向けて移動させながら網ひびに付着している海苔を採取する方法のうち、前認定のように海苔を手で摘みとつたり棒で払い落す等人力のみ、又は極めて原始的な道具を用いて採取する公知公用部分を除き、網ひびを海苔を採取し易い位置に持ち上げたり、網ひびに付着している海苔を摘みとるのに人力を装置に置きかえ、右作用を連続的に行なう方法一般を含むものと解するのが相当であり、債務者の主張するように本件方法の特許の権利範囲が海苔の切断具として回転軸に張設された線条を用いる方法のみに限定されるいわれのないことは明らかである。
(4) 債務者が製作販売している松永式海苔採取機が船と同方向に回転する回転軸の周囲にこれと同方向に斜切断板が取り付けられた装置であつて、これを船に乗せ海苔の付着した網ひびの下にくぐらせ、船を網ひびの長さ方向の一から他端に向けて移動させながら右軸の回転を利用して網ひびに付着した海苔を刈りとる方法で使用するものであることは当事者間に争いがないから、右装置を使用して海苔を採取することは「甲の方法」特許の実施に外ならず、したがつて債務者が業として右海苔採取機を製作することは特許法第一〇一条第二号により「甲の方法」の特許権の侵害になるものとみなされることになる。
(5) されば債権者らのその余の主張につき判断するまでもなく、債権者らは債務者の右侵害行為の差止めを請求できる地位にあるものというべきである。
(四) <書証>によれば、債務者は昭和四〇年頃から前記松永式海苔採取機を製作販売し、昭和四二年五月頃債権者らにおいて右製作が特許権の侵害になるから中止されたい旨の警告を受けたにも拘らず、なお今日相当量の製作を継続し、広く養殖業者に販売しているため、債権者において多大の損害を受けつつあることが認められる。
(諸江田鶴雄 松信尚章 大浜恵弘)